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BIOGRAPHY


【Profile】

大阪府出身。シンガーソングライター。
幼少からピアノを弾き始め、96年頃から大阪のレゲエやヒップホップのクラブで歌い始める。
この頃から自ら作詞、作曲を手がけるようになる。2002年8月に1stシングル「The Perfect Vision」が売り上げ50万枚という快挙。
以降アルバムリリース毎にチャートのトップ5位内を記録。
自身のプロデュースは勿論、湘南乃風の「睡蓮歌」や加藤ミリヤの「LALALA」等数々 の名曲のトラックや、ジャマイカでは現地アーティストのトラックを手がけ7インチレコードをリリースしている。
2006年にはシングル「サマータイム!!」がトリニダード・トバゴで反響を呼び、同地の祭典に招待される。
同年NYで開催されたソカアワードで新人賞にもノミネートされ、2007年ソカモナーク世界大会では女性第三位を獲得。
産後、シングル「アベマリア」をリリース。
「シャナナ☆」以降約2年ぶりとなるリリースにも関わらず、発売前の配信チャートで2位を記録し、2010年発売の約4年振りとなるオリジナルアルバム「MOTHER」はゴールドディスクを獲得した。
2014年、女の子の本音を赤裸裸に代弁した問題作「#ヤッチャイタイ」をリリース。
過激な歌詞を公開するや、同サイトのリアルタイムランキングと注目度ランキングで1位となる。
女子高生の間でも「#ヤッチャイタイ」にあわせてダンスをする動画がYOUTUBE、Instagramで3,000件以上もアップされ、爆発的なブームを巻き起こす。9月、6thアルバム「BAD」をリリース。母親であること、年齢、性別にとらわれない女性としての新たなライフスタイルを象徴するこのアルバムは、”セカンドシーズン”と呼ぶにふさわしい、新しい今のMINMIを詰め込んだアルバムとなる。

また、自身が主催する大型野外フェス「FREEDOM」も2015年で6年目を迎え、毎年60,000人を動員。
淡路島、九州、東北の3カ所で開催し年々パワーアップしている注目されている音楽フェスの一つとなっている。

様々なジャンルのテイストを横断したハイブリッドな音楽性、メッセージ性の高いリリック、女性としての優しさと力強さをあわせ持つ歌声、そして何より本人自身から放出されるナチュラルでボジティブなバイブスが、老若男女を問わず多くの音楽ファンの心をとらえている。
音楽活動だけに留まらず、常に進化するエイジレスな魅力はファッション界でも注目されている。
積極的に社会活動を行い、新時代を切りひらく女性として、ファッションリーダーとして、多数の女性から支持されている。

【Biography】

MINMIは5才の頃からピアノを弾き始め、周りの影響からJAZZやSOULなどブラックMUSICに興味を持つようになった。
TECHNO、DISCO、HOUSE色んなクラブに遊びに行った10代。
やがて、MINMIは1996年からラバダブショーケースや地元大阪のクラブでのヒップホップイベントでマイクを握り始めた。
この頃から既にオリジナルトラックを制作しながら作詞作曲を始めていた。ライブ活動を始めてすぐに、現場を盛り上げている女の子がいるらしいという噂で話題になり「RED SPIDER」やその他のアーティストのアルバムにゲスト参加をする。

そして2002年8月、MINNIはJVCレコード社とレコード契約し1st シングル「The Perfect Vision」をリリース。
このシングル曲は、ラジオ各局でヘビーローテーションされ、じわじわと人気が広がり50万枚を売り上げ、並外れたデビューシングルになった。
同年12月にリリースされた2ndシングル「T.T.T」では、アーティストとしての才能と多様な音楽へのアプローチを詰め込んだ。
「The Perfect Vision」の様なレゲエサウンドとは違い、よりヒップホップベースの楽曲となっており、MINMIにしかできないヒップホップ、レゲエ、あらゆる音楽の要素を取り入れたアレンジは、たちまち10代のファンたちに受け入れられた。

2003年3月に待望の1stアルバム「Miracle」をリリース。
2ヶ月連続でアルバムチャートトップ5入りし60万枚を売り上げた。
日本の音楽シーンでのMINMIの地位を確立しただけでなく、みんなが待ち望んでいた彼女の音楽を証明するアルバムになった。
アルバムリリースを受け、同年6月から初の全国ツアー[LIVE TOUR 2003 "Miracle"]をスタート。
チケットは即完売となり、すべての会場が彼女の音楽を愛してやまないファンで埋め尽くされた。
アンダーグラウンドとメジャーイベントでの経験を活かしたパフォーマンスでファンを魅了し、成功を収めた。
シングルをリリースし続けるMINMI。
9月に3枚目となるシングル 「Another World」、2004年3月には4枚目のシングル「アイの実」をリリース。
最新のブラックMUSICのトレンドと日本のポップを混ぜながら、それでいてどのジャンルにも収まらない彼女独自のスタイルを確立し、日本の音楽シーンにおいて名実共にメジャーなアーティストとなった。
MINMIは作詞・作曲・アレンジからトラック制作、プロデュースまですべてをこなす稀有なアーティストである。
音楽業界内でも彼女の制作活動が高く注目されるようになり、多くのアーティストへの楽曲提供やプロダクションに携わっている。
そして、レゲエ発祥の地であるジャマイカとヒップホップとR&B発祥地のアメリカのミュージシャンやエンジニアたちが彼女の制作に参加した。
最新の音楽トレンドが加わったハイクオリティな音楽が生まれている要因ともなっている。

2004年6月30日、待望の2ndアルバム「imagine」をリリース。
全国ライブツアー [MINMI LIVE TOUR 2004“imagine”]を同年9月10日からスタートし、12月には5th シングル「Are yu ready」をリリースした。
日本の伝統楽器である三味線を取り入れたMINMオリジナルリズム”SAKURA”がこの曲から生まれ、ジャマイカでも人気となり最もポピュラーなFMラジオ局[IRIE FM]でもヘビープレイされていた。
この頃から“SAKURA”をプロデュースしたJUNIOR(RED SPIDER)にMINMIが加わりTSURU KAMEレコーディングの制作チーム「ZA-REC」がジャマイカで制作活動を始める。

そして2005年の始め頃から様々なジャマイカ人のアーティストをプロデュースし、オリジナルの7インチレコードをジャマイカ国内でリリースしている。
2005年の夏、6枚目のシングル「サマータイム!!」をリリース。
この曲はトリニダード・トバゴの音楽である『ソカ』がベースになっている。
東京で毎月主催して伝説となったレゲエイベント「西麻布伝説」、全国ライブツアー、そして8月のサマーソニック出演など、精力的に活動。
9月には、フィーチャリングベストアルバム「FRIENDS」をリリースした。
その頃日本と反対側に位置する遠く離れたソカ発祥の地であるトリニダード・トバゴでは「サマータイム!!」が、大きな反響を呼んでいた。

そして翌年の2月には、トリニダード・トバゴの有名なカーニバルに招待された。
このカーニバルは、ブラジルのリオ、イタリアのベニスと並ぶ世界三大祭りの一つであり、3万人の観衆の前でMINMIは、ワイクリフや他のアーティストを見た観客たちを魅了するパフォーマンスした。
3月には待望の3rdアルバム「Natural」をリリース。
このアルバムはヒットシングル、「サマータイム!!」、「Are yu ready」、そしてMINMIがプロデュースしたクラブイベントと同名のギラギラディスコチューンの「西麻布伝説」が収められていて、レゲエのディーバとしてだけでなく、様々なジャンルを卓越したアーティストであることを証明している。
MINMIの全国ツアー[Natural Mystic ~Direct Voice and Vibes~/Natural Show Case 2006]が「Natural」のリリースと同時に始まり、夏にはサマーソニック'06やレゲエフェスに出演、9月には、ニューヨークで開催されたソカアワードで新人賞にノミネートされ惜しくも逃してしまったが世界中のメディアから注目の的になった。

2007年、2年連続となるトリニダード・トバゴのフェスティバルに参加。
この年にMINMIはキングオブソカとして絶大な人気のあるマシェル・モンターノHDとのコラボレーション曲「Sha na na~Japanese Wine~」をレコーディング。 実はマシェルはMINMIの「サマータイム!!」に惚れ込み、前年のフェスティバルに参加させた人なのである。
このフェスティバル開催に合わせて一緒に制作した「Sha na na~Japanese Wine~」は、トリニダードでリリースされマシェルのアルバム「Book Of The Angels」に収録されている。
フェスティバル出演の為トリニダード・トバゴに滞在中、テレビ、新聞、雑誌などのローカルメディアから注目され連日取材が続いた。
この年はトリニダードで昨年を大きく上回る合計10万人以上もの観客の前でパフォーマンスした。

2008年11月、ユニバーサルミュージックへ移籍。
「シャナナ☆」以来約2年ぶりのリリースとなった移籍第一弾シングル「アベマリア」はトータル60万ダウンロード、ウィークリー2位という結果をたたき出した。 自身の結婚や出産の経験を経て一児の母となったMINMIは、「生まれてきた子供に、親として挑戦する姿を見せたい」と言う。
7分にわたる超大作リリースという裏にはひとりのアーティストとして、
ひとりの人間としてのMINMIの次なるステージへの挑戦・決意表明という意味合いが強く含まれている。
8月には、デビュー当時からの仲間とともに、「FREEDOM」を立ち上げ。ZEPPツアーとして全国を回る。

2009年11月には初のバラードシングルとなる「アシタもしもキミがいない・・・」をリリース。
その後も精力的にm-flo、Infinity16といったシーンの第一人者との超強力コラボレーションを連発し続け、夏のキラーチューンとも言うべき12枚目のシングル「ハイビスカス」が生まれた。
「FREEDOM」は舞台を淡路島の野外に移し、野外フェスティバルとして発展。

2010年7月には「Natural」以来、約4年振りとなる4枚目のオリジナルアルバム「MOTHER」を発表。2011年8月には「ハートフルな心温まる曲」を主軸として曲をセレクトしたコンセプトアルバム「THE HEART SONG COLLECTION」リリース。

デビュー10年目となった2012年は、自らの第3子の出産も迎えながら、より精力的に活動。
「10th Anniversary連続リリース」と銘打ち、6月にライブDVD「LIVE TOUR “向日葵” ~Road to 10th Anniversary~ at さいたまスーパーアリーナ」を発売、7月に通算14枚目となるシングル「ラララ~愛のうた~」、そして8月にはデビュー10周年の記念碑となるベストアルバム「MINMI BEST雨のち虹 2002-2012」を相次いでリリース。
MINMIが主軸となり盟友と共に立ち上げたフェス「FREEDOM」も約5万人の動員を記録し、圧倒的な拡がりを見せる傍ら、「RED SPIDER」、「m-flo」などの単独公演へもシークレットながら積極的な参加を続ける。
12月には、10年の総決算として、全国ライブツアー「10周年Tour“雨のち虹”~Rainbow after the rain~」を開催。チケット発売と同時に各会場が、即完売状態となる。
また、ツアー開催期間中に節目となる15thシングル「エンゲージリング」を緊急リリース。
同曲は親友の結婚式に宛てた、MINMIのプライベートソングが、多くの関係者からの後押しにより、リリースされる事となった極上のバラードソング。
発売後も楽曲に対する感想が数多く寄せられ、多くのカップルから共感を呼び続けている。
ツアーの締めくくりとなる大阪城ホールでのカウントダウンライブでは、デビュー当時からの盟友湘南乃風とともに10周年を記念する曲を披露し、

2013年4月にシングル「さくら ~永遠~ feat.湘南乃風」としてリリース。
収録曲の「SAKURA feat.ASSASSIN」は「さくら」を英語にしたversionでJAMAICAのASSASSINを迎え、世界中のiTunesで同時配信された。
7月、5thアルバム「I LOVE」をリリース。アルバムタイトルをつなげた「MINMI」が完成し、ロック、ダンス、ポップ、様々な要素を取り入れたMINMIの音楽性を象徴する最高傑作となる。
8月の「FREEDOM aozora」では、会場を淡路島、宮崎、東北の3カ所へと広がり、5万人を動員。
10月に配信シングルとしてリリースした「スマホfeat.SHINGO★西成」は、YouTubeで大きな注目を集める。

2014年、出産を経て再び訪れたジャマイカで、MINMIの音楽は更なる発展を遂げ、アンダーグラウンドへ返り咲く。ジャマイカで得たVIBESを取り入れクラシックダンスホールリディムに、女の子の本音を乗せ、赤裸裸に代弁した問題作「#ヤッチャイタイ」をリリース。過激な歌詞を公開するやいなや、同サイトのリアルタイムランキングと注目度ランキングで1位となる。女子校生の間でも曲に合わせてダンスをした動画がYOUTUBE、InstagramのSNSを中心に3,000件以上もアップされ爆発的なブームを巻き起こした。
9月、6thアルバム「BAD」をリリース。母親であること、年齢、性別にとらわれない女性としての新たなライフスタイルを象徴するこのアルバムは、”セカンドシーズン”と呼ぶにふさわしい、新しい今の"MINMI"を詰め込んだアルバムとなる。

2015年も、ジャンルの壁を超えた音楽、世界一ポジティブでハッピーなVIBESを世界へ発信するべく、精力的な活動を鋭意発表していく。